まちは意地悪
少し前の話になるが、2015年5月、川口駅前の「キュポ・ラ広場」でカレーをつくった。4月の上井草のときと同じく、『聖者たちの食卓』の上映会のあとでカレーを食べるという企画だった。ぼくたちは、広場の一角にテントを張った。とても広い空間だ。この広場は、ときおりイベントなどが開かれるらしいが、ふだんは、駅との行き来に使われている。人びとは、四角い広場の対角線の上を辿るように、足早に歩いている。これまでのカレーづくりの体験をふり返ると、松戸市の西口公園(2013年8月)、あるいは洋光台中央団地の広場(2015年1月)でカレーをつくったときに近いのかもしれない。
いずれも「公共スペース」として、利用されている空間だ。言うまでもなく、公園や広場は、誰もがある程度自由に出入りできるようになっている。松戸駅のそばにある西口公園は、ちいさな子どもを連れた「ママ友」たちも、囲碁に興じている「常連」と思われる人びともいた。近道がわりに、公園を横切って歩く高校生の姿もあった。洋光台中央団地の広場も、(さまざまなイベントのためのスペースとして活用されているが)ふだんは駅に向かう「通り」として使われているようだ。いつもは、あまり意識せずにいるが、じぶんたちが公園や広場に留まって活動しようとするとき(たとえば、カレーをつくる)、「公共スペース」の特徴について、あらためて考えさせられる。
【この広場の水道は、ふだんは金属製のカバーで覆われ、鍵がかかっている。】
まちは意地悪だ。ときおり、そう思うことがある。たとえば、一番象徴的なのは、水道だ。カレーをつくるのだから、当然、水が必要になる。調理用の水は、ペットボトルなどで別途用意するとしても、ちょっとした洗いものをするのに水場は必須だ。テントを張ってその日の居場所をつくるとき、ぼくたちは、人の流れや木々の場所などを考えつつ、水道を探す。この広場の水道は、とても立派な金属製のカバーに覆われていた。そして、水を使うためには、南京錠で固定されたカバーをはずしてもらわなければならなかった。そういう段取りになっていたし、カレーキャラバンの活動は器財の搬入などもふくめて、いろいろな調整をしながらすすめるので、もちろんそれでかまわない。だが、この立派な金属製のカバーを見ながら、複雑な気持ちになった。
いろいろ、理由を想像することはできる。「公共スペース」とはいえ、水道を私物化されては困る(水道代は誰が負担するのか)。イタズラされることも避けたい(補修やメインテナンスは誰がするのか)。だから、ふだんは鍵をかけて水道を見えないようにしておくのだ。もちろん、この広場は特殊な扱いなのかもしれない。だが、さまざまな「公共スペース」を眺めてみると、水道やゴミ箱も使えないようになっていることが多いことに気づく(ゴミ箱は、まちなかからずいぶん減ったように思える)。
まちは、いつの間にか窮屈で意地悪になっていた。「昔はよかった」と懐かしむつもりはない。だが、たとえば猛暑の日、まちなかでちょっと口を潤したいとき、ぼくたちはどこを目指せばよいのだろう。公園の水道は、もっと自由に使えるものだった。電車・地下鉄のホームなどにも、冷水機があった(もはや、ぼくの行動範囲では見かけなくなった)。いざという時の水分補給は、コンビニや自動販売機に頼らなければいけないのだろうか。それとも、ペットボトルや水筒を携行することが「自己責任」なのだろうか。いまでは、コンビニこそが、まちなかでぼくたちにひらかれた、優しい場所になりつつあるのかもしれない。ゴミ箱も(家庭ゴミを持ち込むのは問題だが)、水道やトイレも、まさに「コンビニエンス」を提供してくれるからだ。
【ピカピカの水道(ハンドルなし)】
いささか大げさに見える金属製のカバーのことを話題にしたが、じつは、ひねることのできない水道は、ぼくたちの身近なところにたくさんある。とある公共施設の「外」水道も、ハンドルがなかった。水はすぐそこまで来ているはずだが、水栓をひねることはできない。すでに述べたとおり、簡単に使えないようになっている理由は、きっと「正論」だ。それは、わかっている。
まちをひらく
先日、「氷見 アーツ ダイアログ」で、藤浩志さんと対談する機会があった。そのタイトルが、「まちにひらく作法 まちがひらく作法」だった。具体的な事例や実践を紹介しながら、とても刺激的な時間を過ごすことができた。
カレーキャラバンの活動は、「公(パブリック)」と「私(プライベート)」との境界線について考えるきっかけになる *1。楽しい趣味として(あまり難しいことは考えずに)続けているが、50回近く、まちかどで鍋を炊くという体験を重ねてきたおかげで、「公」と「私」の「際」(きわ)でのふるまいについて、少しずつだが身体的に理解できるようになった。それは、「まちをひらく」方法や態度にかかわっている。
これまで述べてきたように、もし、現代の都市空間が「公」と「私」のいずれかの領域に分けられている(つまり「共(コモン)」と呼ぶべき領域がない)*2とするならば、やり方はふたつだ。ひとつは、「私」をひらくこと。たとえば、4月に上井草でカレーをつくったときは、カフェの駐車場にテントを張って、カレーをつくった。そして、カレーができると、ほんのわずかな時間だけ、駐車場と道路(つまり「公」の領域)との境界が曖昧になって、ささやかな広場ができた。これは、「プライベート・コモン」とも呼ぶべき場所だ。
【私共(プライベート・コモン)|カフェの駐車場にテントを張って、人びとを呼び込む。】
もうひとつは、まちなかの公園や駅前の広場など「公」の領域にテントを張るやり方だ。たとえば、駅前の広場は、ふだんは「通路」として使われていることが多い。急ぎ足で歩く人びとが、テントに気づいて足を止める。距離を縮めて、ことばを交わす。そして、滞留する。この流れを上手につくることができれば、「公」の領域は、ぼくたちにひらかれる(もちろん、鍵を解いて金属のカバーをはずし、水道を使える状態にしなければならない)。これは、「パブリック・コモン」と呼べるだろう。
【道行くひとに、気づいてほしい。鍋をはさんで、ことばを交わしたい。】
【公共(パブリック・コモン)|駅前の広場にテントを張って、人びとの動きを変える。】
「まちをひらく」ための方法は、いろいろある。まだまだ一般的なことを言うには尚早だが、じつは、カレーキャラバンという活動は「水栓ハンドル」のような役割を果たすことができるのかもしれない *3。水は、確実にすぐそこまで来ているのに、「水栓ハンドル」がないために、水を出すことができない。そんなときに、誰かがどこかから(もちろんしかるべき手続きを経て)「水栓ハンドル」を差し出せば、水栓が開かれて、水が流れる。
ゲールは、都市空間におけるアクティビティに共通する特徴は、活動の融通性と複雑性だと指摘する。*4
…そこでは、目的をもった歩行、一旦停止、休息、滞留、会話が互いに重なりあい、頻繁に入れ替わる。予測できない、計画性のない自然発生的な行動こそが、都市空間における移動と滞留をひときわ魅力的にしている。歩いていて人や出来事を見かけると、立ち止まってもっと詳しく見たくなったり、さらに腰を落ち着けたり、参加したくなったりすることがある。
「ゆるさ」は、融通性と複雑性に向き合う態度だ。ぼくたちをとりまく生活環境において、「公」と「私」は、つねに緊張関係を保ちながら接している。そして、さまざまなきっかけによって、どちらかが(あるいは双方が)「ひらく」とき、「共」らしさをもった場所が生まれる。それぞれの想いは、すでに「際」(きわ)のところまで来ているのかもしれない。条件がそろえば、人は立ち止まる。大切なのは、「公」と「私」の緊張関係は、境界線を「共有」することによって成り立っているという点だ。
*1:この議論については、「ゆるさ」があれば(3)を参照。 http://blog.cloveken.net/entry/2015/04/25/203616
*2:参考:恩田守雄(2008)『共助の地域づくり:「公共社会学」の視点』(学文社)|恩田守雄(2006)『互助社会論』(世界思想社)
*3:調べてみたら、どうやらくだんのアレは「共用水栓鍵」と呼ばれているらしい。
*4:ヤン・ゲール(2014)「人間の街:公共空間のデザイン』鹿島出版会(p. 28)