クローブ犬は考える

The style is myself.

わたしとカレー(1)

3回つくったので、ふり返ってみた。

10年前に出版した『つながるカレー:コミュニケーションを「味わう」場所をつくる』(フィルムアート社, 2014)は、どうやら在庫がなくなったようだ。スパイスと調理器材とともに全国のまちを巡って、そのとき・その場の流れに身をまかせて、出かけた先の食材でカレーをつくる。「ひととであい まちでつくる 旅するカレー」(「カレーキャラバン」のコンセプト)…ぼくの日常生活のなかで、そんな旅がくり返されていた。
「カレーキャラバン」は、2019年の秋を最後に、無期限の活動休止となった。COVID-19の影響で、この4年近くは身動きが取れず、結局のところは(いろいろな事情があって)、以前のような活動には戻れなくなった。

そして、今年の4月から「カリーキャラバン」の活動を開始した。「カレー」と「カリー」。紛らわしくて申し訳ないのだが、いま書いたとおり、「カレーキャラバン」は無期休業である。バンドでいえば、解散はせずにソロ活動に入るというやつで、「カレーキャラバン」の精神は引き継ぎつつ、(似ているけどちがう)「カリーキャラバン」なのである。

今年の春から夏にかけて、4回、「カリーキャラバン」として活動した。墨田区(東京都)にオープンした「オラ・ネウボーノ」で3回、美波町(徳島県)で1回。少しずつだが、日常生活のなかに、またスパイスが戻ってきた。 「オラ・ネウボーノ」は、あたらしいタイプのシェアキッチンで、「グランドレベル」(田中元子さん+大西正紀さん)が手がけた場所だ、あの「喫茶ランドリー」から徒歩圏にある。この場所の面白さについては、ぼくではなく、主宰者である大西さんが(たぶん)書いているはずだ。ぼくが惹かれたのは、「まちのフードコート」というフレーズで、シェアキッチンでありながら、偶然の出会いがありそうな設えに見えたところだ。「カレーキャラバン」のときのように、通りがかりの人と一緒につくることはできないかもしれないが、誰が来るのか(そもそも来るのかどうか)わからないところがいい。もちろん設備は整っているし、なにより5月にオープンしたばかりなので、すべてがピカピカだ。直感的に、ここでカレーをつくってみたいと思った。

しばらく前に「ゆるさがあれば(8)」で書いたように(7年近く前の記事)、「オラ・ネウボーノ」は、当然のことながらきちんとしている。なにより、カウンターがあるので、「つくる人」と「食べる人」は物理的に隔てられる。だからこそ、その気になるともいえる。腕に自信のある人、いずれは店を持とうという人は、シェアキッチンで現場の感覚をつかむことができる。じぶんや親しい仲間うちだけで試作をくり返すのではなく、リアルな「食べる人」の反応を知ることができる。味を「世に問う」という意味では、シビアな実験の場所になる。

路上でつくるときには、通りすがりの人が手伝ってくれたり、不意の差し入れがあったり、いくつものハプニングがあった。「カレーキャラバン」では、毎回、その予期せぬ出来事を期待しながら旅を続けていた。だから、整えられたシェアキッチンは、だいぶちがう環境だ。施設を利用するわけだから、利用時間(営業時間)は、あらかじめ決まっている。キッチンはフロアの奥まったところにあるので、行きずりの人とは出会いにくい。むしろ、ちゃんと看板を提げて、気づいてもらう必要がある。シェアキッチンでカレーをつくるときには、いろいろと工夫が必要だ。

それでも、(ぼくにとって)「オラ・ネウボーノ」が魅力的なのは、フードコートのような設えだ。一つのフロアに、3つのキッチンがあって、同時に複数の人が利用することになる。だから、ぼくが奥のキッチンでカレーをつくっていると、横にはスイーツの店があり、入り口の近くにはコーヒーの店がある。そんな光景になる。その組み合わせは毎回変わるので、じつに楽しい。


写真:2024年6月15日(土)オラ・ネウボーノにて

5月19日(日)、6月15日(土)、7月20日(土)と、月に1回のペースで「オラ・ネウボーノ」でカレーをつくってみた。3回つくってみて、いろいろと気づくことがあった。(たとえば、ソロ活動をどのように展開するかについては、別の機会にくわしく書きたい。)
他の利用者は(おそらく、ぼくだけを除いて)、商売である。つまり、料理でもお菓子でもコーヒーでも、値段がついている。「カリーキャラバン」のカレーは、無料である。タイミングさえ合えば、タダでカレーを食べることができる。

タダのカレーはあるのか

「キャラバン」を名乗るからには、旅に出かけなくては、と思っている。5月の末には美波町(徳島県)でカレーをつくったが、最近は、もっぱら「オラ・ネウボーノ」で、月に一度のペースで活動を続けている。たんにカレーをつくるだけでなく、カレーをつくりながら、コミュニケーションや場づくりについて考えている。その意味で、シェアキッチンは、手を動かしながら思索にふけるための実験室のようなものだ。

「タダのランチはない」という言い回しがある。日本語だと「タダより高いものはない」というやつだ。うまい(美味い)話には注意しよう(きっと何か「裏」がある)という教訓をふくんでいる。*1
「タダのランチはない」という話は、もともとは、アメリカの酒場の「販売戦略」からきているという。ビールとともにランチがタダで配られるのだが、塩分が多くなっていて(ハムとかチーズとか)、客は、ランチを食べながらビールをたくさん注文してしまう。結局のところは、お金をたくさん使うという仕組みになっているのだ。

「カレーキャラバン」では、無料でカレーを配っていた。そのことにどのような意味があるのか、何のためにそんなことをしているのか、出先でたびたび聞かれることがあった。もちろん、「タダのカレー」に怪しさを隠せない人にもたくさん出会った。そんな道楽のようなことをしているから、たいしたカレーをつくることができないのだと、叱られたこともある。値段をつけてきちんと稼ぐつもりでカレーつくらないと、味を極めることはできないだろうという、極めて真っ当な意見だった。

『つながるカレー』にも書いたが、あるとき、自腹でカレーをつくってタダで配っていることについて、「楽しいなら続ければいい」と、背中を押された。オトナなら、趣味にお金をつぎ込むことはあるし、飲み会に参加したことを考えれば、ひと晩で5000円程度は(ためらいなく)使っているはずだ。当時、3人のメンバーで活動していて、毎回、一人がだいたい5000円を負担するかたちで「タダのカレー」を実現させていた。なるほど、月に1回くらい、自腹を切って趣味の活動を楽しんでいるのなら、わざわざ理由を考えなくてもいいのだ。たまたま、ゴルフや釣りではなく、路上でカレーをつくってタダで配っているというだけだ。

写真:2024年6月15日(土)オラ・ネウボーノにて

そんな声に激励されつつ、『つながるカレー』のなかでは、「ビジネスモデル」に対比させながら、ぼくたちの活動を「赤字モデル」ということばで語った。それは、一杯のカレーへの対価が、金銭的なやりとりではなく、知り合いができたり、楽しい会話があったりという交換・交歓によってもたらされるいう考えにもとづくものだ。金銭的には「赤字」だが、それに見合う「何か」をえていると考える。それが「赤字モデル」だ。
だが、いまあらためて考えてみると、「赤字」ということばを使うこと自体、金銭的な交換、等価交換をふまえて発想しているということだ。「売らなくていい」「売れなくてもいい」という姿勢は、よくよく考えると「ビジネス」として成り立たないことへの「後ろめたさ」のようなものが表れているようにも思える。おそらく、「赤字モデル」ということばではないのだ。黒字と赤字を両極とする軸を大きく転回させるか、あるいは別の軸をくわえて理解するということなのではないだろうか。

どうやらぼくは、10年分の「カレーキャラバン」の思い出にしばられていたようだ。どこかで、「あのころ」に戻りたいという想いがあったのかもしれないが、そんなことは不可能だ。皮肉なことに、そのことは、COVID-19が教えてくれた。
これからは、「カリーキャラバン」をとおして、あたらしい旅のしかた(場づくりの方法や態度)をつくってゆくのだ。「カリーキャラバン」の活動をとおして、「赤字モデル」に代わる、あたらしい理解を創造してみようと思う。

*1:もちろん、(ランチそのものには)値段がついていなくても、さまざまなコストがかかっているという示唆でもある。

「わたしとカレー」はじめます。

2024年5月19日(日) ソロデビュー(なのか?)

カレーキャラバン 改め カリーキャラバン です。

キッチンでは、カレーをつくります。「それほどでもない、スパイスカレー」です。

  • 日時:2024年5月19日(日)14:00〜17:00ごろまで(20食くらい)
  • 場所:オラ・ネウボーノ キッチンC(〒130-0023 東京都墨田区立川4-7-9 ネウボーノ菊川2)

朝から(10:00ごろ〜)、なかまと一緒に準備をしているはずなので、ぜひのぞきに来てください。冷やかし、励まし、待ってます。

2012年2月から「カレーキャラバン」というプロジェクトをすすめていて、これまでに80回、全国のいろいろなまちをめぐりながら、カレーをつくりました。なので、いちおう経験としては12年になります。(参考 → カレーキャラバンのあゆみ

ただ、COVID-19の影響でこの4年ほどは休眠中、いろいろな事情もあって、現在メンバーは、ぼく一人になっています。そろそろ、また動き出したいというタイミングです。

ただし、「カレーキャラバン」は解散せず、「カリーキャラバン」として、ソロ活動をはじめます。(参考 → カレーからカリーへ。

「カレーキャラバン」は、通りがかりの人にも声をかけて、一緒につくりながらおしゃべりをして、出来上がったら一緒に食べるというやり方でした。カレーはもちろんですが、ぐだぐだと話しながらつくるのが楽しみでした。↓こんな感じ。これを80回くらい続けていました(あらためてふり返ると,スゴい)。


(2018年11月の思い出:静岡市)

もうひとつ大切な、「カレーキャラバン」の思想は、フリーで配るという点にあります。つまり、「ふるまい」です。金銭的なやりとりをすると、その瞬間に「つくる人」と「食べる人」という関係を意識するようになります。
その不思議さや、無自覚にそれを受け入れている日常を、少しでも揺さぶることはできないだろうか。そんなことをずっと考えています。ぼくたちがつくったカレーを、お金と交換しなくてもいいはず。シェアキッチンは、そんなことを考えて試してみるのに理想的な場所です。

この試みも、基本的には(お金はいただかないという意味で)「フリー」でカレーを配るというものです。ただし、「わたしとカレー」というテーマで作文をお願いすることにします。※元ネタは、2016年2月の「カレーキャラバン」(番外編)。

すすめかた

【1】カレーは加藤(+なかま)でつくって準備します。たぶん、限定20食くらいになると思います。


(写真はイメージです。)

【2】カレーを食べたい人は、専用の原稿用紙があるので、「わたしとカレー」というテーマのもと、(その場で)作文を書いてください。

【3】書き上がったら、カレーを食べることができます。

金銭のやりとりはなく、カレーが「原稿料」になります。あらかじめ、(1) 原稿を提供すること(匿名・ペンネームも可)、(2) いずれ印刷・製本して公開されること について了承をいただくことになります。

【4】カレーを食べていただきながら、カウンター越しにおしゃべりします。

「激マズ」ということはないと思いますが、まぁそこそこのスパイスカレーになると思います。4年ほどブランクがあり、しかもソロ活動になってしまったので、大変不安です。

【5】カレーと交換した原稿は、ある程度集まったら、綴じてちいさな本(zine)にします。カレーによって生まれた出会いは、zineになって、ふたたびシェアキッチンに還ります。

【6】うまくいって(もろもろの調整をして)、可能であれば、月に1回くらいのペースで実施したいと考えています。

blog.cloveken.net

カレーキャラバンのあゆみ

2024年3月28日(木)

カレーキャラバンの精神を引き継いで「カリーキャラバン」をはじめるにあたって、これまでの旅路をふり返ってみた。数えなおしたら、(番外編を除いて)80回だった。
(くわしくは、カレーキャラバンのサイトにある「アーカイブ」を参照。)* ▲は番外編。

カレーキャラバン(2012年3月〜2024年3月)

カレーキャラバン(2012年3月〜2024年3月)|数えなおしたら、(番外編を除いて)80回だった。

フォース・シーズン(2018年5月〜2024年3月)
  • 2019年9月 ほっちのごきげんカレー(軽井沢町)
  • 2019年6月 おかげさまで できましたカレー(ODDII)(奥州市)
  • 2019年4月 平成最後のサクラカレー(富士吉田市)
  • 2019年3月 ナナイロカレー(北区)
  • 2018年11月 カミンコ カレー(静岡市)
  • 2018年8月 夏の終わりの無花果カレー(西脇市)
  • 2018年7月 はちのへ サバカレー(八戸市)
  • 2018年6月 カメリアカレー(松戸市)
  • 2018年5月 ODD(おかげさま de できました)カレー(奥州市)
  • 2018年5月 ほんまるフォースカレー(陸前高田市)
サード・シーズン(2017年6月〜2018年4月)
  • 2018年4月 KADODE(新年度だからね)カレー(川越市)
  • 2018年2月 カレーおでん(いろんなみかた編)(横浜市)▲
  • 2018年1月 いわぶちコトヨロ カレー(北区)
  • 2017年11月 オードリー(おおどおり)カレー(横浜市)
  • 2017年11月 嵐のピクニックカレー(松戸市)
  • 2017年10月 FUKUI★キントキ カレー(福井市)
  • 2017年10月 イモニジャナクテ カレー(山形市)
  • 2017年8月 気がつけば キーマカレー(松陰神社スペシャル)(世田谷区)
  • 2017年7月 ハロー!! もうすぐ なつやすみカレー(千葉市)
  • 2017年6月 ココからはじまる なかみなとカレー(茨城県)
セカンド・シーズン(2016年9月〜2017年5月)
  • 2017年2月 帰ってきタラ フキデチョウカレー(盛岡市)
  • 2016年11月 土からありがと根カレー(常陸太田市)
  • 2016年11月 レインボウ☆トリゴボウ☆明日へのキボウカレー(高萩市)
  • 2016年11月 カレー No. 60(常陸大宮市)
  • 2016年10月 丘あんこうカレー(北茨城市)
  • 2016年10月 きやまフューチャー★カレー(基山町)
  • 2016年10月 ギュギュッとしばうらハウスカレー(港区)
  • 2016年10月 だいご Oh!しゃもカレー(大子町)
  • 2016年9月 ひたちたがたこカレー(常陸多賀市)
ファースト・シーズン(2012年3月〜2016年5月)
  • 2016年5月 まつどカレー2(松戸市)
  • 2016年3月 4色のにんじんをどうぞカレー(大東市)
  • 2016年2月 まるたま氷点カレー(函館市)
  • 2016年2月 だんちカレーⅡ(朝霞市)
  • 2016年2月 カレーおでん こたつとみかん編(横浜市)▲
  • 2016年1月 おしゃれの ルミーカレー(神戸市)
  • 2015年12月 お客さん、終点ですよカレー(上田市)
  • 2015年11月 ねぇ、どこ? カレー(品川区)
  • 2015年10月 いぶきのいぶきカレー(米原市)
  • 2015年10月 金八カレー(館山市)
  • 2015年10月 マコモとアオリイカのグッドグッドカレー(氷見市)
  • 2015年9月 しかのごろごろカレー(鹿野町)
  • 2015年9月 OH! SANBASHIカレー(横浜市)▲
  • 2015年8月 ばりうまバリューカレー(土佐山田市)関西ロード2015
  • 2015年8月 ただいま、仏生山カレー(仏生山)関西ロード2015
  • 2015年8月 トロトロトロールカレー(東村山市)
  • 2015年7月 大島やさいカレー(伊豆大島)
  • 2015年6月 クルスカリー(鎌倉市)
  • 2015年5月 かわぐちキュポラカレー(川口市)
  • 2015年4月 株立カレー(杉並区)
  • 2015年3月 やさとカレー(石岡市)
  • 2015年3月 春の一乗寺カレー(京都市)
  • 2015年2月 まりこカレー(静岡市)
  • 2015年1月 だんちカレー(横浜市)
  • 2014年12月 かぶらカレー(氷見市)
  • 2014年11月 うままカレー(南相馬市)
  • 2014年9月 串本カレー(串本町)
  • 2014年9月 “つながる”マルノウチカレー(千代田区)
  • 2014年8月 うまうまうまきカレー(小豆島)関西ロード2014
  • 2014年8月 仏生山カレー(仏生山)関西ロード2014
  • 2014年8月 あわじミーツカレー(淡路島)関西ロード2014
  • 2014年6月 彦根カレー(彦根市)
  • 2014年6月 ねりまカレー(練馬区)
  • 2014年5月 氷見カレー2(氷見市)
  • 2014年4月 高尾カレー(八王子市)
  • 2014年3月 うのきカレー(大田区)
  • 2014年2月 もりおかカレー(盛岡市)
  • 2014年1月 いわきカレー(いわき市)
  • 2013年12月 Fabカレー3(鎌倉市)
  • 2013年11月 釜石 カレー考(釜石市)▲
  • 2013年10月 ほくとカレー(北杜市)
  • 2013年8月 松戸カレー(松戸市)
  • 2013年8月 Fabカレー2(横浜市)
  • 2013年8月 のじまカレー(横浜市)
  • 2013年7月 田辺カレー2(田辺市)
  • 2013年6月 国立カレー(国立市)
  • 2013年5月 氷見カレー(氷見市)
  • 2013年3月 墨東カレー(墨田区)
  • 2013年2月 やぶきカレー(矢吹町)
  • 2013年2月 カレーおでん「フィールドワーク展Ⅸ おでん」(品川区)▲
  • 2012年12月 Fabカレー(鎌倉市)
  • 2012年10月 みずつちカレー(新潟市)
  • 2012年8月 タナベカレー(田辺市)
  • 2012年7月 コモロカレー(小諸市)
  • 2012年5月 カミフルカレー(新潟市)
  • 2012年4月 墨大カレー2(墨田区)
  • 2012年3月 墨大カレー(墨田区)

カレーからカリーへ。

あの疾走感

2012年3月17日、墨田区のキラキラ橘商店街の一角でカレーをつくったのがきっかけで、「カレーキャラバン」がはじまった。あれから、ちょうど12年。まちかどで鍋を炊いて、みんなでつくってみんなで食べる、このシンプルで大切なことが「一番やってはいけないこと」になった。近づいてはいけない、しゃべってはいけない、一人で(独りで)食べよう。ようやく、一緒に飲んだり食べたりする時間が戻って来たものの、「カレーキャラバン」の活動は休眠中だ。

もちろん、長く続けていると、いろいろなことが起きる。いうまでもなく、「カレーキャラバン」のほかにも、やることがたくさんあるし、さまざまな場面での役割も変わる。ぼくは、キャラバンをはじめたころは40代(ギリギリ、ほぼ50歳)だったが、仕事が少し忙しくなって、さらに「ステイホーム」で窮屈な時間を過ごしているうちに還暦をむかえてしまった。でも、さすがに、このままではいられない。

あらためてふり返ってみると、あの疾走感はすごかった。とくに最初の数年はハイペースだった。だいたい、月に1回のペースで出かけていたし、(ちょっとじぶんでも驚きだが)毎週末という月もあった。とにかく楽しくて、意味や必要性などについて問いかける人はあまりいなかった。とてもシンプルなやり方で「場所」ができて、そこで人と出会い、おしゃべりをする。何をしているのか、見ればすぐわかる。コミュニケーションが生まれる「場所」への愛着が、つぎのカレーづくりへと駆り立てた。

ぼく自身は、大学教員という肩書きを持っているので、やがて「これは食をとおした地域活性の試みですか」などと聞かれるようになった。むしろ、意識的に大学での活動とは切り離していたのだが、「公共空間のあり方を考える社会実験」のような文脈で理解されることもあった。ヒドいときには、いっさい取材もせずに「学生と一緒にカレーでまちを元気に」などという見出しで地方紙に掲載されたこともある。
「カレーキャラバン」については、たまに学生が手伝ってくれたり、カレーを食べに来たりということはあったが、できるかぎり大学の仕事や調査・研究とはちがう位置づけをしていた。そもそも、あの疾走感のただ中に身を置いていると、カレーをつくる意味や必要性を問うのは無粋なことなのだ。(というより、カレーのことに集中しているので、そんな余裕はない。)

もちろん、説明を求められるようになって、少し(後付けのようにして)理屈を整理することもあった。そして、「ステイホーム」の体験を経て、「ともに食べること」の大切さは実感している。食べるだけでなく、一緒に野菜を刻み、鍋を囲んでおしゃべりするような時間は格別だ。じつは、とてもいい活動なのだと、自画自賛の気分になっている。

地球を4周ほど

2012年の初夏、「カレーキャラバン」の活動が本格化していく予感だったので(そしてちょうど車検だったので)、大きなクルマに買い換えた。それから、クルマにスパイスと調理器具を載せて、いろいろな場所に出かけた。キャラバンの道連れに、ラクダのようなクルマだ。スピードも馬力も大したことはないが、荷物をたくさん積んで遠出するのにちょうどいい。12年経って、走行距離は16万キロ。地球を4周したことになる。最近は、点検に出すたびにあちこちに不具合が見つかって(酷使してきたので、あちこちガタが来ているということだろう)、そろそろつぎにバトンタッチということも現実的になってきた。


写真は2024年3月15日(金)まもなく12年。たくさん走った。

そして、『つながるカレー:コミュニケーションを「味わう」場所をつくる』(フィルムアート社, 2014)を出版してから、まもなく10年である。あれから、何を考えたのか。とくに「ステイホーム」を経て、これから何をすればいいのか。

12年目を終える節目で、あたらしく「カリーキャラバン」(ニュー・シーズン)をはじめることにした。「カレーキャラバン」は、正式に終了したわけでもなく、グループが解散したということもない。「無期休業」のようなもので、いずれまた、いつか、どこかで「カレーキャラバン」で集う日が来ることを信じている。その日のために「カレーキャラバン」は、そのまま。なにしろ、100回は続けようと話していたのだから、まだ続きはあるだろう。
「カリーキャラバン」は、「人とであい まちでつくる 旅するカレー」という精神を引き継いでゆく。解散はせずに、ソロ活動をはじめるようなものだ。具体的なことは決めていないが、少しずつ準備をすすめよう。

そんなつもりであれこれと考えていた矢先、ほんの数日前にメッセージが届いた。「カレーキャラバン」について取材をしたいとのことだ。「遅まきながら…」この取り組みを知ったと書いてあったが、全然、遅いなどということはない。地味な活動ではあるものの、12年前から、COVID-19に邪魔をされるまでは、熱をもって向き合ってきたのだ。一つひとつの場所で、設営から撤収まで、80回(番外編を除く)のカレーづくりの体験は身体にしみ込んでいる。それなりに記録も残してある。できるだけ「やりっぱなし」にせずに続けてきたことで、また見つけてもらうことができた。誰かがどこかで見ている(かもしれない)という淡い想いを抱いていれば、こういうことは、たまに起きるのだと思う。「たまに」だからこそ、なおさら「カリーキャラバン」をはじめる勇気が出た。背中を押された、と思った。

まずは、「カリーキャラバン」がはじまるというお知らせを。

引き続き、よろしくお願いします。あたらしくウェブもつくろうと思っていますが、このブログ『クローブ犬は考える』は、このまま書きます。この記事は、なんと3年ぶり。

「ゆるさ」があれば(10)

テイクアウトで目覚める

まもなく、9年目が終わろうとしている。事情が事情なのでしかたないのだが、2020年は一度も鍋を囲むことができなかった。オンラインでカレーパーティー(それぞれがカレーを用意して、画面越しにおしゃべりしながらランチを食べる)を開いたこと、そして「100+20人の東京展(2019-2020 South編)」という展示でこれまでに東京でおこなったカレーキャラバンのようすを紹介する機会があったこと(→ カレーキャラバンがめぐった東京 - クローブ犬は考える)。2020年の活動は、このくらいで終わってしまった。この文章を書いているいまも、「緊急事態宣言」が発出されている。春めいてきたので、少しずつでも戻れるように、外に出かけることができるように、前向きに考えたい。

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2020年7月24日(金)|カレーキャラバン オンライン用背景(by リーダー)

家で過ごす時間が長くなって、テイクアウトで食事を調達する機会も増えた。せっかくなので、とくにランチは近所であれこれとテイクアウトメニューを試すようにしている。厳しい状況のなか、いろいろな店が工夫をしながらテイクアウトのあり方を探っているようだ。全般的にはちょっと割高な感じもするが、わずかながらも支援しようという気持ちになっている。

つい最近、「TOKYO MIX CURRY」を試してみた。偶然、店のチラシからウェブにたどり着いたのだが、なかなかよくできている(と思った)。まずスマホに専用のアプリをダウンロードし、そのアプリをつかって注文する(アプリをつかわないと発注できない)。基本はルーとごはんの量、トッピングをえらぶという感じ(あとでウェブの記事を読んだら、「サブウェイ」がヒントになっていると書いてあった)。おすすめの組み合わせもいくつかあるので、それをえらんでから量を調整したりトッピングを加えたり(なくしたり)すればいい。受け取りたい店舗と時刻を指定し、クレジットカードで決済する。そこまで、ムダのない流れだ。
注文してからスマホの画面を眺めていると、少しずつステータス表示が変わっていった。注文が通ったという状態から調理中に変わり、準備ができて受け取り可能という表示に。(実際にはそのようすを確認することはできないわけだが)あらかじめ指定した時刻に合わせて調理が開始され、できたて受け取ることができるという感覚が、画面をとおして伝わってくる。

指定した時刻に店についた。店といっても、ランチタイムの数時間だけ「間借り」をしている店舗だ。表には「TOKYO MIX CURRY」の看板が立っている。夜は鉄板焼きの店(ワインバー)だが、昼間はテイクアウトとデリバリー専門のカレーの店になるというわけだ。店に入ると、ぼくが注文したカレーをちょうど包んでいるところだった。この「間借り」は、入り口のわずかなスペースとテーブル、イスくらいのもので、厨房をつかっているわけではなかった。加熱・保温用のヒーターの上に寸胴がのっていて、傍らにはトッピングの具材が入った容器が並んでいる(まさに「サブウェイ」っぽい感じ)。注文はすべてアプリ経由で届くので、そのオーダー(カスタマイズ)どおりにテイクアウト用の容器によそって、客が来るのを待つという流れだ。

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取材をしたわけではないので、勝手な理解で書いているが、おそらくは調理は別のキッチンでおこなわれていて、現場ではそれを加熱して注文に応じて盛り付ける。キッチンカーと同じような感じだ。キッチンカーにかかわる手続きや、維持・管理、駐車スペースの確保などを考えれば、この「間借り」のやり方はスマートだ。買うほうも、列に並んで待つこともない。
受け取るさいには食べ方の説明があって、割引のクーポンを渡された。初めてだったので「たっぷりお野菜」をちょっとだけアレンジして注文した。思っていたよりボリュームがあって、美味しかった。屋号どおり「ミックス」して食べるカレーなので、トッピングの組み合わせを考えたり、家にあるスパイスで「味変(あじへん)」したり、いろいろな楽しみ方がありそうだ。

テイクアウトのスタイルとして、なかなかよく設計されていると関心しつつ、それよりも、「間借り」のスペースで寸胴からカレーをよそっている光景を見て、懐かしさがこみ上げてきた。まちなかに仮設のキッチンをつくって、カレーをつくる。これこそ「カレーキャラバン」のはじまりだったのだ。9年前のあの日、墨田区の空き店舗で鍋を炊いた。その情景が思い出されて、目覚めた。2019年の9月に軽井沢でカレーをつくってから、「旅」の器財は箱にしまったままだ。

旅は道づれ

たんにテイクアウトのお試しくらいの気持ちだったが、「TOKYO MIX CURRY」の体験で、ムズムズと何かが覚醒するようだった。もちろん、さすがに「フルバージョン」を再開することはできない。
「カレーキャラバン」の楽しみは、クルマに道具を載せるところからはじまる。ドライブして(ときには数百キロ)、逗留地に着いたら荷物を降ろして設営し、買い出しに行く。まちかどで調理をしていると人が近づいてくる。一緒におしゃべりをしながら野菜を刻み、鍋を囲んでまったりと過ごす。カレーができる頃には、さらに人が集まってきて、みんなに配って食べながら日が暮れる。撤収して、あれこれとクルマで話しながら帰る。この一連の流れが、やめずに(やめる理由が見つからずに)続けてきた「フルバージョン」だ。
あらためてふり返ると、「カレーキャラバン」は「密」な関係を前提に成り立ってきた。というより、スパイスの力を借りて、「疎」だったところを「密」に変える活動だといえるかもしれない。いまの状況で、できることは何か。それを考えることは、「カレーキャラバン」の本質をとらえなおすことにつながるはずだ。

まず、「カレーキャラバン」が面白いのは、仮設であることと無縁ではない。これまでの80回をこえる「旅」は、まさに「間借り」体験の積み重ねだった。駐車場、広場、公園、店の軒先など、いろいろな場所を借りてカレーをつくった。それぞれの場所でのエピソードが、いくつも記憶に残っている。くり返しているうちに、設営と撤収にも慣れてきた。上手に片づければ、さほど負担を感じることなく次につながることもわかった。つまり、「間借り」を前提とする活動に求められるのはモビリティ(移動性)なのだ。そのために、道具を厳選したり現地調達したり、いろいろな工夫もできるようになった。

もうひとつ、ぼくたちの活動を成り立たせているのは、分け合う姿勢だ。大きな鍋でつくったカレーを、大勢で分け合う。一つの鍋をみんなで囲んで、(スパイスの香りがする)同じ空気を吸い込み、同じ地面に立つ。つまりそれは、一緒に過ごすための場所を分け合うことだといえる。もちろん同じ場所に「いる」ことは、時間を共にするということだ。

では、どのようにして「カレーキャラバン」の活動を再開すればよいのだろうか。具体的に考えるときに思い浮かぶのは、「一緒に鍋を囲むのは誰か」という問いだ。これまでは、行きずりの人もふくめ、誰でもカレーづくりに加わることができるようなやり方をつくってきた。準備だけ手伝って、カレーができあがる頃にいなくなる人もいれば、逆に、カレーを配るタイミングでいきなり現れる人もいた。出入りは自由、いちいち挨拶することも、名前を聞くことさえない。そんな関係で、一つの鍋を囲んでいた。

f:id:who-me:20190914152803j:plain2019年9月14日(土)|カレーキャラバン(軽井沢編)

いまでこそCOVID-19の騒ぎで動きが制限されているが、そもそも「カレーキャラバン」は共同で調理するという活動なので、気を遣うべきことは多い。リーダーもぼくも「食品衛生責任者」の講習を受けて、食中毒やアレルギーのことについて勉強した。手伝ってくれる人には、手指の消毒をお願いする。いろいろなことに注意しながら、調理にはじまって食べるところまで、みんなが「道づれ」になるのが基本だ。もちろん、何かあったときに備えて、参加者に誓約書を書いてもらうわけではない。「自己責任」ということばで対応するつもりもない。
この騒ぎが落ち着いたら、カレーをつくろう。まずは、ごく身近なところから。〈甘える=甘えられる〉〈許す=許される〉関係が成り立つ(少なくとも、そう思わせる)くらいの「近い」ところから。
黙ってカレーをつくり、黙って食べる。それでもよいはずだ。まずは、もう一度「旅」を実感すること、そして時間と場所を分け合う姿勢を整えることだ。