クローブ犬は考える

The style is myself.

カレーからカリーへ。

あの疾走感

2012年3月17日、墨田区のキラキラ橘商店街の一角でカレーをつくったのがきっかけで、「カレーキャラバン」がはじまった。あれから、ちょうど12年。まちかどで鍋を炊いて、みんなでつくってみんなで食べる、このシンプルで大切なことが「一番やってはいけないこと」になった。近づいてはいけない、しゃべってはいけない、一人で(独りで)食べよう。ようやく、一緒に飲んだり食べたりする時間が戻って来たものの、「カレーキャラバン」の活動は休眠中だ。

もちろん、長く続けていると、いろいろなことが起きる。いうまでもなく、「カレーキャラバン」のほかにも、やることがたくさんあるし、さまざまな場面での役割も変わる。ぼくは、キャラバンをはじめたころは40代(ギリギリ、ほぼ50歳)だったが、仕事が少し忙しくなって、さらに「ステイホーム」で窮屈な時間を過ごしているうちに還暦をむかえてしまった。でも、さすがに、このままではいられない。

あらためてふり返ってみると、あの疾走感はすごかった。とくに最初の数年はハイペースだった。だいたい、月に1回のペースで出かけていたし、(ちょっとじぶんでも驚きだが)毎週末という月もあった。とにかく楽しくて、意味や必要性などについて問いかける人はあまりいなかった。とてもシンプルなやり方で「場所」ができて、そこで人と出会い、おしゃべりをする。何をしているのか、見ればすぐわかる。コミュニケーションが生まれる「場所」への愛着が、つぎのカレーづくりへと駆り立てた。

ぼく自身は、大学教員という肩書きを持っているので、やがて「これは食をとおした地域活性の試みですか」などと聞かれるようになった。むしろ、意識的に大学での活動とは切り離していたのだが、「公共空間のあり方を考える社会実験」のような文脈で理解されることもあった。ヒドいときには、いっさい取材もせずに「学生と一緒にカレーでまちを元気に」などという見出しで地方紙に掲載されたこともある。
「カレーキャラバン」については、たまに学生が手伝ってくれたり、カレーを食べに来たりということはあったが、できるかぎり大学の仕事や調査・研究とはちがう位置づけをしていた。そもそも、あの疾走感のただ中に身を置いていると、カレーをつくる意味や必要性を問うのは無粋なことなのだ。(というより、カレーのことに集中しているので、そんな余裕はない。)

もちろん、説明を求められるようになって、少し(後付けのようにして)理屈を整理することもあった。そして、「ステイホーム」の体験を経て、「ともに食べること」の大切さは実感している。食べるだけでなく、一緒に野菜を刻み、鍋を囲んでおしゃべりするような時間は格別だ。じつは、とてもいい活動なのだと、自画自賛の気分になっている。

地球を4周ほど

2012年の初夏、「カレーキャラバン」の活動が本格化していく予感だったので(そしてちょうど車検だったので)、大きなクルマに買い換えた。それから、クルマにスパイスと調理器具を載せて、いろいろな場所に出かけた。キャラバンの道連れに、ラクダのようなクルマだ。スピードも馬力も大したことはないが、荷物をたくさん積んで遠出するのにちょうどいい。12年経って、走行距離は16万キロ。地球を4周したことになる。最近は、点検に出すたびにあちこちに不具合が見つかって(酷使してきたので、あちこちガタが来ているということだろう)、そろそろつぎにバトンタッチということも現実的になってきた。


写真は2024年3月15日(金)まもなく12年。たくさん走った。

そして、『つながるカレー:コミュニケーションを「味わう」場所をつくる』(フィルムアート社, 2014)を出版してから、まもなく10年である。あれから、何を考えたのか。とくに「ステイホーム」を経て、これから何をすればいいのか。

12年目を終える節目で、あたらしく「カリーキャラバン」(ニュー・シーズン)をはじめることにした。「カレーキャラバン」は、正式に終了したわけでもなく、グループが解散したということもない。「無期休業」のようなもので、いずれまた、いつか、どこかで「カレーキャラバン」で集う日が来ることを信じている。その日のために「カレーキャラバン」は、そのまま。なにしろ、100回は続けようと話していたのだから、まだ続きはあるだろう。
「カリーキャラバン」は、「人とであい まちでつくる 旅するカレー」という精神を引き継いでゆく。解散はせずに、ソロ活動をはじめるようなものだ。具体的なことは決めていないが、少しずつ準備をすすめよう。

そんなつもりであれこれと考えていた矢先、ほんの数日前にメッセージが届いた。「カレーキャラバン」について取材をしたいとのことだ。「遅まきながら…」この取り組みを知ったと書いてあったが、全然、遅いなどということはない。地味な活動ではあるものの、12年前から、COVID-19に邪魔をされるまでは、熱をもって向き合ってきたのだ。一つひとつの場所で、設営から撤収まで、80回(番外編を除く)のカレーづくりの体験は身体にしみ込んでいる。それなりに記録も残してある。できるだけ「やりっぱなし」にせずに続けてきたことで、また見つけてもらうことができた。誰かがどこかで見ている(かもしれない)という淡い想いを抱いていれば、こういうことは、たまに起きるのだと思う。「たまに」だからこそ、なおさら「カリーキャラバン」をはじめる勇気が出た。背中を押された、と思った。

まずは、「カリーキャラバン」がはじまるというお知らせを。

引き続き、よろしくお願いします。あたらしくウェブもつくろうと思っていますが、このブログ『クローブ犬は考える』は、このまま書きます。この記事は、なんと3年ぶり。