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クローブ犬は考える

The style is myself.

按配

カレーをつくっているあいだ、木村さんは、「ここって公園なんだな」と何度か口にしていた。この日、ぼくたちはSHIBAURA HOUSE(東京都港区)でカレーをつくった。開放感のある空間に、テントを張る。天井が高く、大きなガラスをとおして外の光をふんだんに浴びることができるので、いつものように、まちかどに居場所をつくるのと、さほど変わらないように思えた。
きっと、何のための空間なのか、よく知らずに前を通っている人もたくさんいるにちがいない。SHIBAURA HOUSEは、「株式会社 広告製版社」の社屋である。ユニークなのは、多くのオフィスだと(規模にもよるが)、受付やロビー、商談・打ち合わせ用の机とテーブルが並んでいるはずの空間が、まちに開かれているということだ。大きなテーブルやイス、コーヒーサーバー、子ども用のおもちゃも置いてある。書棚には本が並ぶ。1階だけでなく、2階も「フリースペース」になっているそうだ。

お昼どきになると、おべんとう(が入っていると思われる袋)を提げて、人がやって来る。「いつもの席」があるのだろうか。まるで、じぶんの勤務先のビルであるかのように、慣れたしぐさで2階に向かう人もいる。「ママ友」たちの憩いの場にもなっているようだ。ノートPCに向かう人も、本を広げて何かの勉強に勤しんでいる姿も。多くの人が、それぞれのスタイルで、この空間をのびのびと使っている。

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【2016年10月13日(木)|SHIBAURA HOUSE(通算57回目のカレーづくり)】


だいぶ雰囲気はちがうが、ちょうど去年のいまごろ、千葉県の館山市でカレーをつくったときのことを思い出した。館山では、「金八商店」の脇にある空き地にテントを張った(そのときのようすについては、「ゆるさ」があれば(4)にまとめた)。空き地であるとはいえ、「金八商店」の鳥山さんの手によって、近所の人びとに開放するために整えられた空き地だった。だから、形式的には「私有地」のはずなのに、気軽に入ったり出たりできる場所として、みんなに利用されているようだった。さらに、鳥山さんの遊び心とサービス精神のおかげで、空き地は、ぼくたちのカレーづくりに理想的な場所に変わった。
SHIBAURA HOUSEも、いち企業の社屋なのだから、形式的には「私(プライベート)」の領域だということになる。それでも、伊東社長の大らかな考えのもと、界隈の人びとが出会い、集う場所として「フリースペース」がデザインされている。「ここって公園なんだな」という木村さんのひと言は、その本質をとらえていたということになる。

朝から晩まで、人の動きを眺めながら過ごした。カレーの準備をしていると、この「フリースペース」も、そしてガラスの向こうの通りやまち並みも見渡すことができた。あたりまえのことだが、昼間は「内」も「外」も明るいので、まさに公園や広場のような感覚で過ごすことができる。道ゆく人びとからは、カレーをつくっているようすが「丸見え」だったはずだ。のんびりと鍋をかき回しているぼくたちの姿は、どのように見えていたのだろうか。いっぽう、ぼくたちの側からは、急ぎ足で駅とのあいだを行き来する人びとの姿が見えた。「外」と「内」では、ちがうスピードで時間が流れているような感じがした。夜になると、少しだけ「外」は見えづらくなり、「内」にいるぼくたちは、ますます「丸見え」になっていった。

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【2016年10月13日(木)|SHIBAURA HOUSE】

 

このスペースは、つねに「丸見え」で、(決められた時間帯は)開放されているのだが、「内」へと一歩すすむのには、ちょっとした勇気が必要なのかもしれない。「公園」のようでありながら、じつはガラスの扉を開けなければならないからだ。もちろん、いちどでも「内」に入る体験をすれば、そのあとは気軽に出入りできるようになって、やがては「常連」になるだろう。ちょっとした勇気がなければ、お互いの姿が見えていても、「外」と「内」は透明なガラスに隔てられたままになる。
いっぽう、あまりにも大勢の人が「内」に入ってきたら、「フリースペース」は騒々しくなる。穏やかに過ごしたくてこの場所をえらんでいる人にとっては、迷惑な話だ。気軽に出入りしてほしいが、「敷居が低い(低すぎる)」のも困る。誰かに教えたいような気持ちもあるし、じぶんだけの場所として黙っておこうかとも思う。この按配がむずかしい。

ガラスの「外」からは、周囲に不似合いな面々が鍋をかき回しているようすが見えていたはずだ。ずっと扉を開けてカレーをつくっていたので、スパイスの香りが「外」と「内」の「あいだ」をただよった。数はわずかだったかもしれないが、スパイスの香りに誘われて、初めて「内」に入ったという人がいた。ちょっとしたきっかけがあれば、「外」と「内」を分けているガラスは、すぐに見えなくなるのだ。按配しだいで、場所は変わる。