クローブ犬は考える

The style is myself.

つながるカレー(2)

「墨大カレー考」

2012年3月、東京都墨田区の商店街で、カレーをつくった。「墨東大学(ぼく とうだいがく)」というプロジェクト [1] のなかで、「墨大カレー考」という講座が開かれたのである。それほど複雑な話ではないのだが、この「墨大カレー考」を紹介するためには、少しばかり説明が 必要になる。

まず、ここで言う「墨東」は、墨田区の「墨」に東と書くが、隅田川と荒川、東京スカイツリーのすぐ横を流れる北十間川によって 囲まれた、墨田区の北半分を占める地域を指している。近年、「〜大学」という名前を冠したプロジェクトがたくさんあるが、「墨東大学」は、東京都のアート プロジェクト事業(東京アートポイント計画)[2] のひとつで、おもに墨東エリアを対象とした学びの場づくりをテーマとするものである。もちろん、学校教育法上で定められた「本物」の大学ではないが、その アイデア自体は「真性」なものだ。学生と教員がいて、授業や演習がおこなわれる。所定の単位を取れば、立派な卒業証書が授与される。大学のロゴ入りグッズ もたくさんつくった。

「墨東大学」は、まち全体をキャンパスに見立てて、さまざまな学びや交流の機会をつくることを目指し、2010年の秋 から本格的に動きはじめた [3]。東京都市大学の岡部大介さん、アーティストの木村健世さんとともに構想し、京島にある「キラキラ橘商店街」のなかの空き店舗を借りて、そこを「京 島校舎」と呼んで拠点にした。そして、墨東エリアの内外を問わず、誰もが気軽に参加できるようなプログラム構成を考えた。

「墨東カレー考」 は、木村さんのパートナーである亜維子さんが発案し、担当した講座である。彼女は、毎日食べても飽きないくらいのカレー好きで [4]、墨東エリアに密着しながらご当地カレーをつくろうという企画だった。「墨東大学」には、他にもユニークな授業がたくさんあったが、学生たちは、こ の講座でカレーをつくると単位がもらえるというわけだ。

まだ寒さが残るなか、私たちは「京島校舎」に集まって、カレーづくりをはじめた。 「カレー考」であるから、まずはカレーやスパイスの歴史についておさらいし、さらに、私たちにとってカレーライスがどのような存在であるかについて話し 合った。そして、いよいよ実習である。ご当地カレーというくらいなので、食材はすべて近所で調達することになり、みんなで商店街を歩いた。八百屋、肉屋、 乾物屋などを巡って、ひととおり買いそろえてから、調理がはじまった。[5]

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カレーの世界は「深い」のだが、キャンプのメニューの定番になっているように、気軽につくることができる。それほど難しく考えずに、手を動かせばいい。刻む ものがたくさんあるから、分担もしやすい。近所の小学生が参加していたので(彼は、他の「墨東大学」の講座にもしばしば顔を出していた)、野菜を刻んでも らうことにした。「京島校舎」の向かいにある果物屋さんは、いつものようにバナナを差し入れてくれた。それなりに活気のある商店街なので、空き店舗で鍋を 炊いていれば、道ゆく人は気になるはずだ。声をかけられたり、鍋をのぞき込まれたりする。

よくある下町の光景なのだが、カレーの味のこと以上に、まちの一角で鍋を炊くことの面白さを感じた。このとき、この講座が、さらに大がかりな「カレーキャラバン」へと展開するとは思っていなかった。

 

まちで鍋を炊く

「京島校舎」の隣は、もつ焼きの店だった。いつも午後3時になると、いい匂いが漂いはじめて、常連さんたちがのれんをくぐる。数杯飲んだばかりのオジサンも、 カレーの鍋をのぞきにやって来た。もちろん、「カレーの歴史」や「墨東大学のコンセプト」を説明する必要はない。鍋の中身は、見ればわかる。立ちのぼる湯 気が、多くを語る。

さっそく、ちいさな器にカレーをよそって、オジサンにも味見をしてもらった。「美味いね」と言いながら素早くたいらげ て、オジサンは「京島校舎」から姿を消した。ほどなく、オジサンはビールのジョッキをいくつか手にして戻って来た。「さっきのカレー、ありがとうね」とい うことだ。缶ビールではなく、隣のもつ焼きの店のジョッキが、そのまま届けられた。みんなで乾杯し、鍋を囲んであれこれと話をした。

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【写真】 オジサンが、ジョッキを手にして戻って来た。

「墨東カレー考」がとても楽しかったので、さっそく「墨大カレー考2」が企画されることになった。そしてほぼ一か月後に、私たちは、ふたたび京島の商店街でカレーをつくった。このときも同じようなやり方で、近所で材料を買って調理し、みんなで食べた。

「墨東大学」でのカレーづくりをつうじて、レシピには書かれることのない、いくつものハプニングこそが、美味しいカレーに欠かせない成分であることを実感し た。手伝ってくれる人、野菜を刻みながら交わすことば、ジョッキの差し入れなど。これらのすべてが、鍋のなかで溶け合う。

なによりも、カレーは親しみに満ちたメニューだ。その証拠に、誰もが、カレーについては「言いたいこと」がある。「ウチではこうする」「もっとパンチが必要だ」「アレを隠し味にするといい」。そして、一つ一つの「言いたいこと」の背後に、カレーとの関わりや食べ物に向き合う姿勢のようなものが見え隠れする。

カレーをつくりながら、味わいながら、考えた。これまで、地域の人びととの関わりをつくるための「接点(コンタクト・ポイント)」についていろいろなやり方 を試してきたが、まちで鍋を炊くと(炊くだけで)、そのまちに暮らす人びとの「気質(かたぎ)」がわかるのではないかと感じるようになった。すでに、1年 半ほど「墨東大学」プロジェクトに関わることで、界隈の雰囲気や人びとの気質については、なんとなくわかるようになっていた。そのなかで、カレーは、明快な「方法」になるように思えた。

墨田区で2回のカレーづくりを体験して、私たちは、他のまちに出かけて行ってカレーをつくったらどうなるか、試してみたくなった。もちろん、「ご当地カレー」をつくるという発想があったので、食材はできるかぎり出かけた先で調達することにしよう。海に近いまちならシーフードカレーになるだろうし、野菜の美味しい季節には野菜のカレーになるはずだ。もう少し暖かくなったら、道具を携えて各地に赴き、いろいろな まちで鍋を炊いてみるのだ。「カレーキャラバン」という、あらたなプロジェクトが動きはじめた。

 

[1] 墨東大学(プロジェクトは2012年4月で終了) http://bokudai.net/

[2] 墨東大学は、2010年度の「人材育成プログラム」に位置づけられている。 http://www.bh-project.jp/artpoint/program/program.html#archive

[3] 加藤文俊(2011)メタファーとしての〈大学〉:地域資産を評価するコミュニケーションのデザイン『地域活性研究』第2号, pp. 17-24.

[4] http://my365.in/faiphone

[5] 当日のカレーづくりの様子については http://curry-caravan.net/recipe/001.html を参照。