クローブ犬は考える

The style is myself.

つながるカレー(1)

「小鍋会」のこと

友だちの田邊さんが主宰している「小鍋会」という集まりがある。その名前どおり、鍋を囲む集まりではあるが、グルメの会というよりも、勉強会だと理解したほうが正しいだろう。田邊さんは、建築やまちづくりの仕事をしていて、毎回、 彼女が関心のあるテーマを設定して、ゲストを招いて話を聞くというものだ。

話題提供をする人も、集まりに招かれる人も、全員が田邊さんとのつながりがある。いわゆる「友だちの友だち」であるから、初対面の人がいても、あまり不安は感じない。ソーシャルメディアのように、なんとなくではあるも のの「似たものどうし」が集まってくることがあらかじめわかっているので、緊張したり警戒したりすることはないようだ。もっとも、みんないい年齢の大人ばかりなので、そもそも肩に力が入るような集まりではない。

話の成りゆきで、私も「小鍋会」で話をすることになった。どのような会かわからな いので、いちど下見をかねて出かけてみた。会場となったカフェに行き、入口で会費を払うと、お皿と箸を渡された。奥の細長い部屋に机と座布団が並び、鍋がふたつ置いてある。ゲストを招いているはずの田邊さんは、どうやら鍋の仕込みに忙しいらしく、二階に上がったままである。

「飲み物は自分た ちで買ってきて…」という声が聞こえてきたので、近所のコンビニに行くことにした。案内に書いてあった集合時間は過ぎていたが、人はまばらだ。無愛想だとも言えるし、遠慮のいらない雰囲気だということでもある。缶ビールや酎ハイを買って戻ると、少し人数が増えていた。

田邊さんが二階から下りて来て乾杯し、みんなで鍋を食べはじめた。その日は「岩手県雫石町・南部かしわひっつみ鍋」だった。冒頭で、グルメの会ではないと書いたが、どうやら食材 や産地もふくめ、「小鍋会」の準備はいつも周到にすすめられているようだ。鍋についての簡単な説明やうんちくが書かれたプリントも配られた。名刺交換をす るでもなく、初対面の人たちと一緒にビールを飲んで鍋をつついていると、田邊さんが、順番にゲストたちを紹介しはじめた。私たち一人ひとりが自己紹介をするのではなく、その場にいる全員をつなげている彼女自身が、私たちがどういう理由でここにいるかを説明してくれる。

自己紹介をするよりも、 「鍋奉行」が全員を紹介するやり方のほうが、はるかに面白い。おそらく田邊さんは、唯一、その場にいるすべての人を知っている存在だ。よくある肩書きなどのプロフィールではなく、どのように(彼女との)つながりができたかというエピソードとともに、自分のことを紹介してもらえると、あらためて自分自身のこ とを考えるきっかけにもなる。順番に、ゆっくりと紹介がすすんだ。

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【写真】 2012年4月の「小鍋会」(写真は「鍋奉行」のブログ http://d.hatena.ne.jp/konabekai/ より。)

そのおかげで「場」が温まり、わいわいと賑やかな雰囲気になった。途中で数名遅れて到着する人がいたり、追加のビールを買いに中座する人がいたり、アルコールも手伝ってか、とても開放的な気分になった。鍋の「しめ」が米だったのか麺だったのか忘れてしまったが、ひとしきり飲んで食べて、すっかり落ち着いてしまった。おそらくそれは私だけではなく、部屋にいたみんなが満腹感でリラックスしているところで、その日の話題提供者として参加していた八馬さんのプレゼ ンテーションがはじまった。

 

満腹になってから話を聞く

もちろん、 その日の「小鍋会」は、八馬さんの話を聞く会だという理解はしていたが、満腹になってからプレゼンテーションがはじまるとは思っていなかった。だが、鍋を はさんで会話していたことで、いい一体感が生まれていた。そのなかで、プレゼンテーションがおこなわれたので、本当に楽しい時間だった。予定をオーバーして、ずいぶんと長居をしたように記憶している。

そのおよそ二か月後、こんどは私が話題提供者になって「小鍋会」に参加した。コンビニに立ち 寄り、ビールを仕入れてからカフェに向かうと、前回と同じように人はまばらで、田邊さんは鍋の仕込みで二階にいた。この日は「那須の春キャベツとこめ育ち豚のニンニク鍋」だった。まずは飲んで食べて、鍋に「しめ」のラーメンを入れて、みんなが満腹になったところでプレゼンテーションの時間になった。プレゼ ンテーションのことが頭にあったので、飲み過ぎないように注意はしていたが、いい気分で話をすることができた。聞き手はもちろんだが、話し手も楽しめるということはとても大切だ。

「小鍋会」から、学ぶことがたくさんあった。話題提供者がいるのだから、当然、その人が語る内容は勉強になる。自分も指名されて話をすることになって、少しでもいい内容にすべく、いろいろな資料を整えた。だが、その都度設定される話題ばかりではなく、この会の「場づくり」の方法がとても参考になった。

たとえば、すでに述べたとおり、プレゼンテーションの前に食べるという順序だ。私たちにとってなじみ深 いのは、まず話を聞いて、それから懇親会やレセプションがあるという構成だろう。もちろん、きちんと話を聞いてから、勉強した「ご褒美」として乾杯するのがふさわしい場合もある。酔っていたり、あるいは居眠りしていたりということがあっては、ゲストスピーカーに失礼だという考えも、もっともだ。だが、その 順番を入れ替えるだけで、「場」の雰囲気は大きく変わる。

素朴なことながら、私たちにとって、食べることの力は絶大だ。この場合、「鍋の 力」だと言ってもいいだろう。ワークショップなどでは、参加者どうしが打ち解けるように「アイスブレーキング」と呼ばれる活動が組み込まれることが少なくない。文字どおり、(参加者のあいだを塞いでいる)氷を溶かして、雰囲気を和らげようというものだ。「小鍋会」に参加して、わざわざ打ち解けるための活動 を準備しなくても、鍋を炊けばいいのだということを実感した。私たちは、鍋が机に置かれれば、それを一緒に眺め、つつきながら話をする。

鍋 は、人と人との距離を調整する役割を果たす。心身ともに温かくなって、不思議な親近感を醸成し、私たちを饒舌にする。「鍋の力」について考えることは、コミュニケーションについて理解することにつながっていくはずだ。ちょうど時を同じくして、私は、友人たちとともに「カレーキャラバン」というプロジェクトをスタートさせていた [1]。「小鍋会」での体験が、カレーづくりに役立つにちがいない。そう思った。

[1] カレーキャラバン(2012年3月〜) http://curry-caravan.net/